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デザインとは人々が幸せになるための調整作業

ひさびさにブログ。
なんかいろいろ、最近思った事、バラバラにかいてみる
(※かいてみたらなんとなくまとまったのでタイトルを変更)

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どこかで読んだか、聞いたのか、忘れたけど
「デザインとは人々が幸せになるための調整作業」
と言う言葉が心に響いて、
よくそう考えるようにしている。

ちょっと前の話だけど、毒入り餃子事件。
ニュースキャスターが
「このパッケージに注意してください」と
画面に並ぶ10数種類のパッケージデザイン。

このデザインをした人たちは
いったいどんな心境なのだろう?

「売れるため」「美味しそうに見えるため」
それが善だと信じて作ったデザイン。
それが不幸にも、そう思って買った人たちが苦しんでしまう。

自分なら「本当にそれが善だったのだろうか?」
と、疑ってしまう。

たしかにこの件に関して、
社会的責任はデザイナーには全く無いし、
「デザインを作る所までが自分の役目。
そのあと誰が買ってどうなろうが知ったこっちゃない」
とドライに割り切ってビジネス的に考えれば
なんてこたーない。

でも、なんかもやもやするよね。
自分の作った物で誰かが辛くなるのなら、
わざわざそんな事はしたくない。

会社や組織の中で、やらざるをえない仕事やそんな状況。
でも、作る前に一旦考える。
「デザインとは人々が幸せになるための調整作業」
「その仕事の先にいる人たちは、本当に幸せになるのだろうか?」
そうならないのなら、そんな仕事に出来るだけ関わりたくない。

チベットの問題。

全ての「文化」は尊ぶべきもの。
なんぴとたりとも弾圧なんてしちゃいかんでしょ。
と思う。

自分には、抗議や反発する行動を起こすまでの
問題意識や力もないけど
「ちっちゃい事でもなにか出来ないか?」と思う。

多分自分にできるのは
「オリンピックを応援しない」
っていう程度のレベルの事しか出来ないなぁと思う。

会社で部署異動。

4月1日付けで、約1年いた部署から異動になった。
上司は信頼してくれていて本当に好きなようにやらせてくれたし、
部下もいいひとたちでチームのコミュニケーションも良くなってきてたし、
他部署のディレクターさん達ともいい信頼関係を作ろうと努力していて、
やっと形に成りかけてきたかなーと思っていた矢先の異動。

異動先ではそこの部署の仕事しか出来ないので、
今までやってきた「信頼作り」「チーム作り」が
なんだか0になったような、そんな虚無感と会社への不信感。

前述の通り「オリンピックを応援しない」と小さく心に決めたのに、
異動先の仕事は思いっきりオリンピックスポンサー企業の仕事だし。
笑うしかねぇw

会社や組織の中で、やらざるをえない仕事やそんな状況。
でも、作る前に一旦考える。
「デザインとは人々が幸せになるための調整作業」。と。

なんかその仕事をすることが
チベット弾圧に加担しているような気持ちになりw
モチベーションさがりまくりだし、
いっそのこと会社やめて、今まで少しづつ作った信頼関係をもとに、
フリーランスにでもなろうかとも思った。
けど、そこの仕事は内容的に、かなりスキル/キャリアアップになりそうだな、
とも思う。

と、どうしたらいいか悩んだまま結局流されているよ。
これいいのかほんとに。
だめだよね?
よくわからん。



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